行く手
行く手に、大きな虹を見つけました。
けれどそれは言うまでも無いこと。行く手を見ずして進むことは出来ないのですから、
虹を見つけるのは、多くの場合が前方にてとなるはずなのです。
虹を見る機会はそう多くない為、それともその儚さ、それともその存在が
吉兆とされているからなのでしょうか。
虹に出会う、そのことによりもたらされる心の高揚があることは否めません。
ひとつ忘れていました。虹に出会うことでもたらされる高揚の要因には、
その美しさも、大きく影響しているのでしょう。まるでこの先の行く手は
美しく彩られていると、そう希望をもたせてくれるかのように。